「モノ作りの心」 |
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| 「わたしが受け継ぎ、伝えるモノ作り屋としての想い」 | ||
| わたしの祖父は、満州(今の中国、黒竜江省あたり)で生まれた、と聞きました。 日本に帰ってきて、戦時中は川西航空機で航空機開発のエンジニヤだったと聞いています。 戦後は、大阪で弱電関係の部品加工をしていました。従業員が150名程までになったと聞いていますから、 そこそこの中堅下請け企業になっていたのでしょう。 ところが労働争議で従業員ともめた社内の原因と、不況の影響という社外の原因もあって、 会社を倒産させてしまいました。 祖父からは、戦艦の大砲はどのようにして削ったか? とか、飛行機の羽根の作り方などを聞かされた思い出が残っています。 わたしの父親(現大阪製作所の会長です)は、最初、ベンチレースという 卓上旋盤一台からの創業でした
わたし自身は、工業高校の機械科を卒業後、工業大学の経営工学科を出て現在の会社に入社しました。 現在、41才ですが、気づいてみましたら「モノ作り」にはかれこれ30年以上携わっていることになります。 非常に幸運だったのは、モノ作りを基礎からきっちりとした形で学べた ことでした。 日本国内で「モノ作り」を続けて行くことは、これからは本当に大変なのかも知れません。 日本の製造業に未来は有るのか? 今、この答えを、私には見つけることはできません。 しかし、私自身が、祖父、父親から受け継いで来た「モノ作りの心」は大切にしなくてはならないと 感じています。 今、少年柔道と「遊戯王カードゲーム」に夢中の二人の息子の将来を、 楽しみにしつつ、そして、 案じつつ… |